現代日本においてヴァンパイアが大都市に住むべき3つの理由

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現代日本でヴァンパイアが心穏やかに生活するためには、どこに棲むのがよいだろうか。「心穏やか」、「平穏」というと人里離れた自然の中や、田舎を思い浮かべる向きもあるようだが、筆者は俄然都会、それも大都会をおすすめしたい。

心穏やかに生活するための最低条件

人間であれば衣食住が足り、あるいは健康で文化的な最低限度の生活が送ることができれば、心穏やかに生活するための最低条件は揃うだろう。成熟したヴァンパイアであればこれらをクリアするのは問題にならない。しかしわれわれヴァンパイアにはそれに加えて、われわれが心穏やかに日々を送るために必要な最大の条件がある。ヴァンパイアばれしない、という安心感である。

この点において、現代の日本では田舎や地方よりも圧倒的に都会に棲むほうがメリットが有る。

1.人間たちとの交友範囲をコントロールしやすい

ヴァンパイアばれにつながる行動はいくつかあるが、大抵のものはきちんと気配りしていれば防げるものだ。ただし、唯一防ぎ難いのが、われわれヴァンパイアが人間に比べて、圧倒的に長寿で外見の変化が少ないということだ。

2,30年ばかり同じ人間たちと交友を続けていると、彼らは何か変だと思い出す。彼らは年月を経て老いていくが、われわれはそうではないからだ。

田舎では一度疑われるとその土地を離れるしかない

一度怪しまれると、その疑いを解くことは難しい。田舎や地方では土着のコミュニティがあるため、疑いから逃れるためにはその土地を離れるしかない。数100年前までは、そうやって棲む土地を移していく、という暮らし方もあったが、情報社会の現代では噂がどこまで広がるのか判然としない。

その上、数十年で拠点を移すというのは中々面倒でもある。またイチから生活基盤や、必要ならば安全な餌場を確保しなければいけない。

都会では同じ場所で簡単にコミュニティを切り替えられる

一方で都会では必ずしも棲んでいる場所と所属するコミュニティが結びつかない。マンションの隣りに住んでいる人の顔も知らない、ということが異常ではないのだ。

棲家とコミュニティを切り分けておけば、ちょっと怪しまれ始めたらフェードアウトして別のコミュニティを築けば良い。この間、拠点を移す必要はまったくないのである。決定的なヴァンパイア的行動を見られなけば、2番めの理由と併せてフェードアウトしたものを追求するような人間はそういないだろう。

人間と深く関わることを丁寧に避けておけば完璧だ。

2.変わっていることが許容されやすい

田舎にも都会にも一定割合で変人はいる。人間の多様性は目を見張るほどで、われわれと人間よりも、彼らとその他の人間たちとの際が大きいのではないか、と思うほどの奇人変人がいるものだ。実際のところ、われわれヴァンパイアはいくつかの点を除いてそれほど人間と違いはないのだろう。

話が逸れてしまった。

田舎では変人は監視される

なにしろ母数が少ないので田舎や地方では変人というのは珍しく奇異なものだ。土着のコミュニティではこういった人物の噂が絶えず、常に意識されている。

丁寧にヴァンパイアばれを避けて行動していても、何かの拍子に小さな疑いを持たれることがあるかもしれない。一度そうなってしまうと、彼らのネットワークの監視下におかれ更なる噂を呼びかねない。

心の平穏は遠くなってしまうだろう。

都会では変人は無視される

一方、都会では何しろ母数が多いので変人もある程度の数がいる。変人は割合よりも目立つから、多くの人が変人がいるのは普通だと思うようになる。普通だが特に関わりたくないから、自然と無視するようになる。

この傾向は人口密度が高くなれば高くなるほど強くなる。日本では東京が最たる例だろう。

こういった都会で多少変わったことをしても、そのことで咎められるリスクは田舎に比べて著しく小さいだろう。もちろん、そもそも疑いをまねくような行動は控えるべきだが、万が一の場合のリスクは小さいに越したことがないという点に異論はないだろう。

3.最終手段に出た際のリスクが低い

この話をするのは気が重いが、われわれにとって重要であり触れずにいるわけにはいかないだろう。

平穏な生活を目指して、どんなに丁寧に人間のような振る舞いを心がけていても綻びが出るときにはでてしまうものだ。

常に距離を置くことを念頭に付き合っていても、ある人間に深入りしてしまうことはある。そうして何かのきっかけでわれわれの正体が暴かれたとき、被害を最小限に留めるため、正体が広まるのを防ぐため、最後の手段を採らざるを得ない場面が、永く生きていると、こないとも限らない。

同族の中に好んでそういった行為に及ぶものも、時としているが、そういった連中は遅かれ早かれ滅びていった。君たちの多くは、われわれは強力な存在で人間はか弱い存在だと思っているかもしれないが、実際は違う。われわれは孤独でか弱い生き物なのだ。

たしかに個体としての力の差は歴然としている。その気になれば、それは容易いことだろう。だが、種として繁栄しているのは圧倒的に人間なのだ。少なくない力のある同族が、その力に驕り、力を振りかざして、結果滅ぼされてきたのをわたしは見てきた。

ことを起こすのは必要最低限、身を守るのにどうしても必要な時に限るべきだ。

そしてことを起こしたことを他の誰にも気づかれ内容にしなければならない。

都会で人間が1人失踪しても、すぐにそれが事件化することはない。事件化したところでよほどのヘマをしない限り事件とわれわれを結びつけて考えるものはいない。

一方田舎ではそうは行かない。行方不明は大事件だ。疑うべき対象はごく限られている。その疑いがヴァンパイアばれにつながるかもしれない。仮にそうでなくても心穏やかではいられないだろう。

人の多い都会に紛れてこその穏やかな生活

どうだろう、納得してもらえただろうか。人の多い、人口密度の高い都会ほど、ヴァンパイアばれのリスクは小さく、安心して暮らすことができる。木を隠すなら森の中、というやつだ。

だが穏やかな中にあっても油断してはいけない。穏やかに生きるためには、決して正体を知られるわけには行かないのだから。

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